一昨日、短歌総合誌の中の1冊である「短歌往来」2022年9月号を図書館から借りてきた。
その中に「創刊400号記念」佐美雄賞・短歌賞・出版賞の歌人」という特集頁があって錚々たる歌人の作品が載っていたが私が注目したのは安部晋三元首相の死と国葬について現代歌人たちは、どう詠んでいるかということであったが、残念ながらこの特集頁で直接に詠まれた人は菊池裕氏と高島裕氏の2氏だけであった。しかも偶然なのであろうが、若手と呼ばれるふたりの名前が似ていたことも面白い。
啄木の歌に下記の歌がある。
☆☆☆☆☆
誰そ我に
ピストルにても撃てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ (『一握の砂』より)
この歌の次には
☆☆☆☆☆
やとばかり
桂首相に手とられし夢みて覚めぬ
秋の夜の二時 (『一握の砂』より)
の歌が続いている。明治42年10月、ハルピン駅で朝鮮人の革命家によって暗殺された伊藤博文のことを詠んだ歌であるが、この歌は伊藤の死を悼んだり、賞賛して詠んだものではない。
啄木は自分にも唐突に死ぬ時が来たなら、その時はジタバタせずに死ぬ覚悟はあるという、ただ、それだけの歌なのであるが、後の研究者などの中には伊藤が「日韓併合に果たした役割を批判して云々」や「被支配者ののろいを吐き出す歌」でもないとする岩城之徳氏の明解な解釈に尽きる。過ぎたる歌の深読みは研究者の出口を失うこともある。
しかし、啄木ならでは無く、貴方はどのように歌うべきかは考えたい事件である。明確になったオカルト教団との関わりも含めて詠むのがトップ歌人たちが担うべき「社会詠」ではないだろうか。
その点で高島裕、菊池裕の2氏に敬服する。2人の歌人の視点の違いなどを読むことは読者の楽しみなので私は触れない。