先ず、木下氏の著書にあげられた参考文献に驚いた。これによって木下氏が啄木に長年親しんできたことが解る。世の中には自分の功名(売名)のために啄木の欠点などをこれ見よがしに取り上げ、「これは○○学から見れば」などといった学説とも言えない臭い物を書く御仁も居られるが国際啄木学会の創立者である岩城之徳先生は生前に研究の事実を実証できないものは学術的論文とは言えないと話されていた。
本書は学術的論文では無い。したがって著者である木下氏の書かれた啄木論にはそのような臭い匂いは何もしない。ただ、ひたすらに啄木と長年向き合ってきた著者ならではの視点から感じた啄木の人と作品を見つめて紹介しておられるというだけの内容である。大上段に構えた研究論では無いところに私は深く共感した。
特に啄木短歌の解釈には戦後まもなく刊行された宮本吉次著『啄木の歌とそのモデル』(1953年)と上田博著『石川啄木全歌集鑑賞』(2001年)など新旧の解釈を紹介しながら、私はこう思うという書き方にも著者の清々しい姿勢を感じた。
啄木愛好者にとっては優しく、丁寧であり、引用の文献も前述のように戦前の刊行物からインターネット上の資料まで駆使して紹介している。
特に啄木評伝に於いてはインターネットで示唆された近藤典彦氏の「石川啄木伝」の論説からの影響も処々に伺える。
さて、木下氏には『歌集 月答ふ~啄木の詩を短歌に~』(2021年)の著書もあって、こちらは副題にある通り啄木の詩を著者が短歌に詠み替えたもので、木下氏は歌人でもあるようだ。(参考までに一部分の頁をコピーして下に載せておくのでお読みください)
この2冊の啄木図書は著者が経営する印刷所から刊行されているということなので下に連絡先を載せておきます。久しぶりに心温まる啄木図書を読ませて頂きました。
(2022年8月22日 湘南啄木文庫にて記す)